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東京高等裁判所 昭和29年(ラ)142号 決定

抗告人 深沢知加夫

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の本件抗告理由は、別紙(末尾添附)のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

会社更生法は第八条で更生手続に関しては同法に特別の規定がないときは民事訴訟法を準用する旨定めている。しかるに更生手続に関し裁判官を忌避することができるかどうかについては、会社更生法になんらの規定もないから、右忌避に関する民事訴訟法の規定も亦更生手続に準用あるものと解すべきである。もつとも、更生手続の本質についてこれを非訟事件とするか訴訟事件であるかは学説の分れているところであり、これを非訟事件であると解すべきものとしても、それだけで直ちに更生手続に関し非訟事件手続法第五条を適用しその反対解釈により、裁判官を忌避することを得ないものとするのは当を得ない。これらの点につき会社更生法に特別の規定がない以上、むしろ、更生手続の公正を期するため、会社更正法第八条により民事訴訟法の裁判官の忌避に関する規定を準用すべきものと解するを相当とする。

よつて、本件記録を精査するに、前記裁判官につき、本件更生手続に関し裁判の公正を妨ぐべき事情ありと認むべきなんらの疏明もないから、抗告人の忌避申立は理由なく、これを却下した原決定は結局相当であつて、抗告人の抗告は理由がない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 角村克巳 判事 菊地庚子三 判事 吉田豊)

抗告の理由

一、原決定はその理由において、会社更生手続においては、手続開始申立人その他関係人は裁判官を忌避することができないものと解し、本件忌避申立を不適法として却下した。しかしながら、これは明らかに会社更生法第八条の解釈を誤つたものであるから、原決定は到底取消を免れないものと信ずる、すなわち、

(1) 、原決定は、更生手続の性質は非訟事件であると判示している。しかしながら、更生事件は更生債権及び更生担保権を実質的に確定させるのであるから、非訟事件ではなく、訴訟事件である。之を和議事件及び破産事件と比較対照して見ても、これ等の事件より一層訴訟事件としての色彩が強い。しかも和議事件及び破産事件でさえも訴訟事件と解するを相当とする。(加藤正治著和議法要論七頁)。従つて、更生手続の性質が非訟事件であることを前提とした原決定は先ずこの点において誤つている。

(2) 、原決定は、口頭弁論を経て裁判をする場合を除き更生手続の全過程は非訟事件手続の一種であると断じている。若し、そうだとすれば、忌避の申立をしたのは第一回関係人集会の続行期日と更生債権及び更生担保権調査期日であり、この期日においては、裁判官及び裁判所書記官が列席し、しかも、裁判所がこれを指揮し、関係人の意見が述べられ、これに対して管財人等より回答或は意見が述べられ、また、更生債権及び更生担保権の確定並びにこれに対する異議が述べられるのであるから、明らかに実質的に口頭弁論期日である。そして、右口頭弁論期日において抗告人は忌避の申立をしたのであるから、原決定からしても、事件忌避の申立は民事訴訟法の規定に則り適法であることとなる。

(3) 、原決定は民事訴訟法において認められている裁判官に対する忌避の申立権は、更生手続えの準用を拒まるべき制度の一に属すると断じその理由として、会社更生法第八条には「準用」とあるから、非訟事件において忌避の申立が許されない以上は、非訟事件の性質を有する更生手続においてもこれを許されないものと解している。成る程、非訟事件においては、偏頗を理由とする忌避の申立は許されないとする説もある。しかしながら、非訟事件手続法第五条にいわゆる除斥に関する規定中には忌避をも包含するものと解する有力な説がある(谷井判事著非訟事件手続総覧第三版)。思うに、非訟事件手続法第五条は、文体上、ただ除斥に関する規定のみに限られている感はあるが、これは単に、例示的な規定であつて、忌避の申立を禁止した規定はないから、これをもつて、除斥は許されるが忌避の申立は許されないものと解するのは失当である。もともと、裁判は、あくまで適正公平でなければならぬ。非訟事件といえども、関係人の権利義務を定める重大な手続であるから、いやしくも、裁判の公正を妨ぐべきではないことは多言を要しない。従つて、これに反することがあれば裁判所職員に対して、忌避の申立を許すべきことは、裁判の本質からいつても、むしろ当然であり、裁判が国民の信頼を得る唯一無比の方途である。かように考えて来ると、非訟事件においても忌避の申立は許さるべきである。若し、これが許されないとすれば現に、裁判所職員に裁判の公正を妨ぐべき事情があるにかかわらず、非訟事件であるという名の下に、あえて不公正な裁判に従わざるを得ない結果に陥る。かようなことが、わが国の裁判において容認されるものとすればそれこそ一大事である。結局、非訟事件において忌避の申立が許されないことを理由として更正手続においても忌避の申立が許されないとする原決定は失当である。

(4) 、会社更正法第八条に則り更生手続に関しては同法に特別の規定がないときは、民事訴訟法が準用されるのであるから、民事訴訟法において許されている忌避の申立は、当然更正手続においても許されるべきである。すなわち、更生手続においては更生手続の性質が非訟事件であるか訴訟事件であるかに関係なく、民事訴訟法が準用されるのである。先ず、会社更生法を制定するに当つて、委員会において次の質権応答が行われている。委員長「第八条で民事訴訟法を準用しているのですが更生手続の本質から考えて、非訟事件手続法を準用したほうがいいのじやないでしようか。」説明員「…………非訟事件手続法を準用したほうがいいではないかということは、十分考えられるわけでございます。しかしながら、この手続と同様なものといたしましては和議法それから又更にこの手続がうまく行かなかつた場合の手続といたしましては、破産法というのがあります。そういうふうな手続と非常に密接な関係がございまして、これらの手続はいずれも民事訴訟法を準用いたしております。本件につきましても同様な理由に基いて民事訴訟法を準用したほうが便宜ではないかというのでこういうふうにいたしたのであります。」また、学説としては更生事件は実質的に非訟事件が訴訟事件かを論ずることはあまり実益はないとする説がある(兼子一、三ケ月章共著条解会社更生法六八頁以下)。これ等からしても、会社更生法第八条は手続に関しては、会社更生法に特別の規定がないときは、更生手続の本質が非訟事件であろうが訴訟事件であろうが、それには関係なく、従つて、更に非訟事件手続法と民事訴訟法との対比若しくは相違とは関係なく、民事訴訟法が準用されることは極めて明白である。同法条は、更生手続に関して、先ず会社更生法を適用し、次に非訟事件手続法を準用し、しかる後に非訟事件手続法に抵触せざる範囲において民事訴訟法が準用されるという法意ではない。そして、民事訴訟法第三十七条においては、裁判官につき裁判の公正を妨ぐべき事情あるときは当事者はこれを忌避することができるのであるから、抗告人が小川裁判官を忌避することのできるのは極めて明白である。

二、原決定は憲法第三十二条に違反する。

原決定は、その理由において「更生手続は、性質上非訟事件に外ならないから非訟事件手続においては裁判官を忌避することを許さない実質的理由は更生手続についてもすべて妥当するからである。」と判示している。しかし、憲法第三十二条には「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と規定している。同条にいわゆる「裁判所」は、裁判所の構成、管轄、事務分配等に関する法律中の規定によつて権限を有し、且つ除斥その他の事由によつて法律上その事件の裁判に関与することが禁止されていない裁判官でなければならない(法学協会註解日本憲法上巻三〇九頁。)従つて同条にいわゆる「裁判所において裁判を受ける権利」とは除斥、忌避等の事由によつて法律上その事件の裁判に関与することが禁止されていない裁判官の公正なる裁判を受ける権利をいうのである。要約すると、同法条は、何人にも、如何なる裁判たるを問わず、公平なる裁判官の公正なる裁判を受ける権利を保障したものである。つまり何人も非訟事件たると、訴訟事件たるを問わずいやしくも、裁判たる以上は、公平なる裁判官の公正なる裁判を受ける権利があるのである。しかるに原決定が同法条の解釈と精神を無視して抗告人の忌避の申立を却下したのは、明らかに憲法第三十二条に違反するから原決定は到底取消を免れないものと信ずる。

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